なんか違和感を感じてやまない今日(6/8)の3Kペーパー第一面掲載の論説・・・。
【歴史の交差点】東京大学教授・山内昌之
■日本政治の創造的破壊 2009.6.8
オーストリア出身の経済学者シュンペーターは、「創造的破壊」という考えで知られている。それは経済活動の新陳代謝を意味しており、成功した資本主義は巨大企業を生み出しながら官僚的になると、大胆さと活力を失い社会主義へ移行するので、効率的で新しいものに駆逐されるというものだ。
今回のゼネラル・モーターズ(GM)の経営破綻(はたん)と米政府による国有化は、古い産業や制度が自然に淘汰(とうた)される「創造的破壊」といってよい。マンモスが斃死(へいし)した最大の原因は、バランスを欠いた従業員利益を求める全米自動車労組(UAW)の既得権へのこだわりを経営者が抑えられなかった点にある。労働協約が足かせとなって、賃金や医療費を押しあげながら資本収益を圧迫するのは本末転倒であろう。
しかも、UAWの伝統に長年なじんだ大型車の生産にこだわるあまり、誰もが燃費節約や環境維持を目指す新時代のモデル開発に冷淡だったことは、「創造的破壊」のスパイラルにはまる原因になった。企業の将来を左右する小型車やハイブリッド車の開発に消極的だった感性は国有化でもたやすく変わるとは思えない。
この点で、オバマ大統領の決断には疑問符がつけられる。国有化に頼ってGMの抜本的リストラを先送りしたことは、“チェンジ”を呼号しながら、消費者や市場による資本主義の合理化を妨げる社会主義的な手法といわれても仕方ない。クライスラーやGMのように政府の手厚い保護に入った“官業”は、保護貿易主義の機運とマッチした政策を受けいれながら、フォードのように自力で再建を目指す“民業”やトヨタなどの外国企業を圧迫するのではないかという危惧(きぐ)である。
オバマ氏も結局は大統領選挙の支持基盤だったUAWの圧力をかわせなかったのではという疑惑は、リベラルな民主主義政治の信頼にもかかわることになる。有力政治家や族議員による利益誘導は、日本の保守党政治だけに限られるものではないのだ。
トヨタの次期社長、豊田章男氏は、トヨタも明日はGMになる危険があると自戒をこめて語ったらしい。その解決策はGMが乗り損ねた各地の消費者ニーズの多様化や市場の多極化などを正確に測定するグローバル戦略の見直しにあるようだ。広大なグローバル市場に的確な目配りをしようとすれば、地域や専門をきめ細かく注視する権限の分割や再配分が避けられないというのだ。
巨大会社がマンモス化して倒産したくなければ、最高経営責任者がすべてを取り仕切るスタイルを修正する必要もある。要は優秀な同僚や勤勉な部下をもっと信頼するということにつきる。
同じことは、日本の厚生労働省の分割問題で浮上したスーパー大臣の超多忙ぶりについてもいえる。厚労省の2分割や新省庁再編がすぐに無理なら、副大臣や政務官に権限とスポークスマン機能をもっと委ねればよい。一人で何もかも処理するのは、どれほど異能の大臣でも荷が重い。
政治の世界もGMの破綻やトヨタの危機意識によって緊張感を高め、時には進んで省庁分割や再編といった「創造的破壊」を試みることも必要ではないか。(やまうち まさゆき)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090608/stt0906080235002-n1.htm
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この論説の中で、「創造的破壊」の意味が揺らいでいる。たぶん、元の意味はポジなはずだが、どうもネガに受け取ってるのかな? 市場生態系の自然現象とみているのか、それとも意図的に起こすことができる恣意性の営みのなかにあるものとみているのか、どうもそこいらへんがブレているような。ちゃんとコトバの定義を理解できてないんじゃあるまいか。私の勘違いかもしらんが、ちょいと潤かしておこう・・・。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/s/%C1%CF%C2%A4%C5%AA%C7%CB%B2%F5
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端的に言って、「創造的破壊」とは「イノベーション(イノベーターの活動)」と表裏一体になっている人間の経済活動のことでしょ。ちょうどポジとネガの関係で。GMの経済環境適応不全は「創造的破壊」の現象ではないのでは。
シュンペーターの経済学(資本主義経済)の見方は一種独特で、均衡状態は沈滞であり、不均衡が大きくなれば活況という見方をする。不均衡を生み出すイノベーションこそが資本主義という永久機関への燃料だという見方らしい。
つまり大企業が成立し官僚組織化すると、必ずイノベーションのない均衡状態へ陥り、経済はかならず沈滞沈降することになって、やがて資本主義は終焉し社会主義に至るというのだ。(でもその理論予測は当たらないんじゃないかな。)
社会主義的な「設計社会」「デザインされた社会」「工学的な社会」を美しいと夢想する理念・観念にとらわれる人はおそらく、自分たちが思い描く均衡社会を乱す「イノベーション」やそれをひき起こす「イノベーター」が大っ嫌いでしょ(笑)。それでいながら、自分たちがやってることは、「創造的破壊」じゃなくて「破壊的捏造」そのものだということも自覚できずに。
今の霞ヶ関策定政策はまさに、均衡を乱すイノベーションを抑制するための制度をどんどん積み重ね、日本をがんじがらめにする方向へと、どんどん強化しているようなもの。規制制度には予算と組織拡充がつきもの。政府主導型の「社会主義」化政策をやっているようなものだ。政治・行政・経済の歯車がうまくかみ合わないのも当然である。民間の経済環境の生産力がどんどん目に見えておちているのが、まだ理解できないらしい。何が阻害要因になっているのかが。役所の規制がじわじわとアヘンのように効き始めてるのかも。(アヘンの毒はどういう風に効くのか体験したことないし。マリファナも知らんし。わかるとすればアルコールの効き方くらいだな。笑)
そして、日本最大最強の泥棒部落「霞ヶ関」村はますます肥え太り、やがては宿主を食い殺してしまう寄生虫もしくはパラサイトエイリアンのごとくに日本国民を蝕んでしまうのだろう。あの生体エネルギーの家畜電池と化した映画「マトリックス」の世界のように。
http://www.iza.ne.jp/bookmark/318238/
まさに「日本政治の創造的破壊」の所業・・・(笑)。
日本国民の自由意志と選択の目にかかっているのだが・・・。
http://koibito.iza.ne.jp/blog/entry/1075343/allcmt/#C1178086
(2009年6月9日)(追記6/21)


by 9月
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