DNA(デオキシリボ核酸)って、Aアデニン、Gグアニン、Cシトシン、Tチミンがひとつながりになって染色体を形成し、ヒトの場合、核の中で46本の糸の束になってるわけだ。そのうち、44本は常染色体で同じものが22対になっていて、残り二本が性染色体。X染色体Y染色体が男、X染色体二本が女。ヒトの全遺伝情報は24本を調べればよいわけだ。ヒトゲノムプロジェクトは、2003年に解読完了宣言をしたわけだが・・・。
ヒトとチンパンジーの塩基配列の差異はほんの1.3%ほど。ゲノムの数でいえば4000万個弱(ゲノム塩基個数全体を30億個として)。で、そのうち本当に「遺伝子」として機能しているのは、ごく一部(30%ほど?)。さらに遺伝子は「エキソン(アミノ酸コード部分)」と「イントロン(非コード部分)」からなり、エキソン部分をつなぎ合わせたmRNAへの転写とアミノ酸合成によってたんぱく質が決定されるという。
ヒトとチンパンジーの形態の違いが、実はほんの塩基1万個くらいのところで生じているというのであれば、はてさて、われわれヒト内の遺伝子における個体差というのはどれくらいの差異で生じているのだろう? 1万個/30億個、なんと0.0003%・・・。その0.0003%の中の違いを区別して、「個体識別」や「個体認証」をやるのが「DNA鑑定」なんでしょうか? それとももっと大雑把なところを指標にしてるのかな? なんだかとっても眉唾に思えてしょうがないよ、「DNA鑑定」とやら。なんたってもとは、ただただひたすらAGCTの記号の羅列でしかないのだし。指紋とか、ほかのできあがった結果としての「形態」ほどには、DNAには個体差がないんじゃないのかな? 利用解析してるのはミトコンドリアDNAなのかな? それにしたって個体間の差異はいかばかりか・・・。最初から、
同種のなかの個体差なんて区別できないんじゃないの?
科学を装ったもののなにがしかの結果を鵜呑みにしちゃいけないという教訓を与えられたのではないだろうか、足利「誤認裁判」事件。もう少し証拠固めをきちんとやっておかなくてはならないということだ。
(追記6/5)
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と、すんごく眉唾いかがわしい遺伝子“鑑定”ビジネス・・・。遺伝子配列でわかるのは、相同と相違のみ(一致するかしないかのみ、だがそれすら・・・)。系統・血統・血縁は判定(確定)できません。親子関係は遺伝子レベルでは他人同様。逆に言えば、遺伝子レベルでは、他人も親族もあまりにも似通っていて区別できないくらい近いということ。オランウータン、チンパンジーとですら、わずかの違いしかない、遺伝子レベルでは99%は共通であるともいう。ウニとヒトでも遺伝子は70%が共通であるという・・・。
《長い間,動物どうしの形態上の差異はゲノムの違いを反映したものだと考えられてきた。だから,ゲノムを比較すれば,違いを生み出している遺伝子を突き止められると思っていた。ところが,マウスやラット,イヌ,ヒト,チンパンジーなど哺乳類のゲノムを比較してみると,持っている遺伝子はどの動物も非常に似通っていた。それぞれの動物のゲノムに含まれる遺伝子の概数(ざっと2万個ほど)や,多くの遺伝子の位置関係は1億年以上にわたる進化の過程でかなりよく保たれてきた。
遺伝子数や位置にまったく違いがないというのではない。しかし,遺伝子のリストを一見しただけでは,そのゲノムがマウスのものなのか,それともイヌやヒトのものなのかはわからない。例えば,マウスとヒトのゲノムを比較してみると,ヒトの遺伝子の少なくとも99%について,マウスでもそれに相当する遺伝子が見つかる。》
■生物の形を決める遺伝子スイッチ【日経サイエンス2008年9月号】
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0809/200809_050.html
遺伝子、DNA、ゲノム・・・。科学を装ったマヤカシ言葉に御用心。いんちきな検査ビジネス詐欺稼業を精度の枠組みに取りいれることに加担するな。
(追記2009年2月1日)
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http://find.2ch.net/?STR=%B9%F1%C0%D2%CB%A1%B2%FE%C0%B5%B0%C6
なんだか、やたら騒ぎになってるみたいだが・・・。実はこっちの目論見が本命ではないかと・・・。
わあわあ騒いでる人の何割が、そのいんちき(詐欺)検査ビジネスに気づいているだろう?
科学を偽装してしまうと、皆、イチコロだからな。
地球温暖化防止詐欺や、猛毒ダイオキシン詐欺や、環境ホルモン詐欺や、狂牛病・BSE・プリオン詐欺や、H5N1ウイルス鳥インフル詐欺や・・・。
遺伝子やDNAを騙られると、とたんに思考停止だ(笑)。検査ビジネスってのも、製薬・製剤ビジネスと同じで、結構いかがわしい胡散臭いものなんだけどな(笑)。
日本人が「ゆとり」君で「無知」になればなるほど騙しやすくなって、香具師稼業の産官学連携勢力の方々にとっては、これほど好都合なこともない。
ほにゃらら政策ほにゃらら制度ほにゃらら予算、大手をふって表通りから堂々と手をつっこんで掠め取り放題だな(笑)。
しかも日本国民はだれも、ペテンな話に引っかかって騙されていることも気づかない。
そんないんちきな政策が、かの「ミレニアム政策」だったりするわけだ。
「騙されても騙されても、また騙されるのが日本人である」(黄文雄『華禍』p.167)。
以前は、民法772条がらみで騒いでいたんだけどね。戦法を変えてきたのかな?
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【きち@石根:貞操観念がおかしくなると家族という単位が破壊される】
http://ameblo.jp/disclo/entry-10030179008.html
■遺伝子検査ビジネスを議論
2007年3月17日 18時10分 NHK 社会
http://www3.nhk.or.jp/news/2007/03/17/k20070317000129.html
http://www3.nhk.or.jp/news/2007/03/17/d20070317000129.html
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【「ケジメなさい」】「離婚前妊娠」も認めて?はぁ?【家族崩壊】
http://koibito.iza.ne.jp/blog/entry/148907/
ウイルスにしろ、バクテリアにしろ、遺伝子にしろ、化学物質にしろ、電磁波にしろ、
温室効果ガスにしろ、ワクチンにしろ、
目に見えないものは、科学を偽装すれば、騙し放題だな(笑)。
『学者のウソ』 掛谷英紀
http://www.amazon.co.jp/dp/4797337060/
第4章 ウソを見破る手立て
1 学歴エリートに騙されない方法
目的と手段を分離せよ
《これまで、学歴エリートの利己主義の諸相を眺めてきた。すべての例に共通するのは、彼らの言動が、一見利己的に見えないことである。そのため、本書のような指摘がなければ、彼らはあたかも社会正義の理念に基づいて発言していると信じて疑わない。では、彼らはどのようにして、「騙し」に成功しているのか。》(p.208)
《学歴エリートの用いる戦法の肝は、自らに都合のいい手段を誰も反対できない理念(目的)とセットにすることであるから、それを分断することに成功すれば、学歴エリートの詭弁はおのずと浮き彫りになる。問題は、目的と手段をいかに分離するかである。》(p.212)
http://koibito.iza.ne.jp/blog/entry/148907/
http://koibito.iza.ne.jp/blog/entry/145847/
http://koibito.iza.ne.jp/blog/entry/131737/
2008/11/16 06:31【日曜評論】
http://suntetu.iza.ne.jp/blog/entry/797515
《「過去に眼を閉ざす者は、未来に対してもやはり盲目となる」(リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー)
冷静に考えればこれほど奇妙な言葉はない。》
《かく、この文の異様さはただごとではなく、普通の人間が普通に発すれば、間違いなく正常な知性を疑われるような類のものである。だが、もし、これを発した人や、これを聴いて感銘を受けた人たちが、人間として正常な知性を欠いていたとしたらどうだろう。たとえば、
「我々は『過去』に対して目を閉ざしておらず、だから『未来』が見えている」
このような妄想にとりつかれていたら。》
《則ち、連中にとっての「過去」とは、自らにとって都合の良い「未来」を他人におしつけるための方便なのである。ここで言う「過去」認識の共有とは、実際には、特定の社会工学的な共同妄想、つまり「未来」のおしつけに他ならない。「過去」認識を共有しろといいながら、実際にやっているのは連中に都合の良い「未来」のおしつけなのである。》
《したがって、冒頭の一文は、少々補正して、
「(我々の示す)過去に眼を閉ざす者は、(我々の示す)未来に対してもやはり盲目となる」
と、すべきである。もちろん連中の示すような「未来に対して」は「盲目」のままでもいっこうにかまわない。
もともと人間は「未来に対して」「盲目」な存在なのである。私には「未来」が見える、などという人間は基本的にアヤシイ。》
『幼稚な予防原則』の「安心・安全」心象に発する「不安」や「脅威」や「恐怖」を思いっきり煽る恫喝言辞で世の中をたぶらかそうとしてる者どもは、「連中に都合のよい未来」へと誘導しようとしてるという風にしか見えない。そういうペテン師狼少年が大勢跋扈するニッポンの今である。
それにしても、今の大方のニッポン国民は、学歴エリートのつく職業・組織のなかに、その手のウラとオモテを巧妙に使いわける二枚舌の使い手が相当の割合で浸透してしまっていることに気づいているのだろうか? 相変わらず、いまだ、頭のいい人は「誠」の人間であると信用信頼しきっているのではないのか? もう、一般市民と全く同じ、すきあらばコンプライアンスなぞものともしない類の人種に覆われていると見ておかなければならないのだが・・・。「権力」のあるところほど。「権力」とはすなわち、誰のものでもないお金を仕切る力のことである。そういうお金が盛ってあるところは、実はたくさんあるのだ。自分の領分以外は、みなどういう世界が広がっているのかもわからないのだし。思いがけないところに、思いがけない大きな山があったりするものだ。
抜け目のない人間は、そういう山を目敏く見つけ、ちゃっかり居座っているものなのである。だれも気づかないうちに。あるいは、ちゃっかり割りこんでいたり・・・。香具師はそういうワザはなかなかのものなのである。
「詐」をデフォにしておれば、「ウラとオモテ」のコトワリはすぐに気づくのだが、「誠」の日本人はなかなか「ウラ」を勘ぐる勘付くことは苦手らしい。なおかつ、他人を疑りの目で見ることは卑しいとも思いがちらしい。もうちょい懐疑主義を普通の作法にしておいていいと思うよ。
ものごとを「信」じてばかりじゃだめだ。まずは「信じること」から解脱しておいたほうがいいだろう。そういうニッポンになっちゃってんだけどね・・・。まさに「信じるものは足すくわれる」今なんだよな。


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by 9月
【パンデミック幻想の黄昏】「…